10年目の帰還困難区域と「道の駅なみえ」オープン!

Tag: K1 帰還困難区域 福島 浪江町
 東日本大震災から10年ということで,2021年3月は多くのTVで特集を組んでいました。
 私が初めて福島県の被災地を訪れたのは2011年の8月の終わりのことでした。それから折に触れてここを訪れ、もう何回目かも覚えていませんが、たぶん10回は来ているでしょう。
 2021年の春は2020年から1年以上続いている新型コロナウイルスのパンデミックで,旅行をしにくい状況が続いていましたが,東京の緊急事態宣言も解除の見込みが立ったので,今年の春も帰還困難区域を貫いている国道6号線を走ってみました。震災後に全線開通してから2014年2019年と今回で3回目の通行となります。

 前日の3月19日深夜に常磐道広野ICから広野町に到着。駅前のホテルに泊まりました。復興が進んできれいに整備されていましたが,駅周辺は広大な敷地が広がり,まだ住んでいる人は少ないようです。
広野駅前

広野町はJビレッジが近いので,泊まったホテルにはサッカー関係者など,いかにもスポーツ選手っぽい男女で賑わっていました。若いスポーツマンが集まる町ですね。今週3月25日はこの町から,東京オリンピックの聖火ランナーがスタートします。
 初めて来た2011年のときには、Jビレッジは原発災害対策の前線基地となっていましたから、サッカー施設の復活はこの10年でも明るい出来事です。

夜が明けて20日は6号線の帰還困難区域内の放射線測定を行いました。
測定器
このように測定器を車に取り付けました。
測定器は2012年から使っているGC-10です。GM管むき出しでガンマ線測定器に比べると,数値がやや大きく出ます。数値の正確さよりも音と光ではっきり放射線のカウントが分かるので,演示用にずっと使っています。測定目的は「数値の大小を比べるだけ」なのでこれで十分です。私の自宅で測ると0.1µSv/h程度になるので、これを基準に多いか少ないかが分かればいいのです。

震災直後はここ広野町から先は立ち入り禁止区域になっていましたが、今では帰還困難区域入り口は広野町から離れたところにあります。区域に近づくと少し放射線が強まりました。



福島第一原子力発電所に近い地域はまだ放射線が強いですが,2014年には最大7µSv/hだったので,現在は3分の1以下に弱まっていました。



帰還困難区域の終わり。浪江町に入ると放射線は私の住んでいるところと大差ない値でした。



CK-6で10分ごとの測定グラフです。初めのピークは国道6号線をいわきから南相馬へ走ったときのもの、2つめのピークは浪江からいわき方向へ常磐自動車道を走ったときのものです。
測定結果

10年前の浪江町は地震と津波で破壊された光景が広がるばかりでしたが,きょうはちょうど「道の駅なみえ」のオープンの日でした。セレモニーが行われていました。帰還困難区域を抜けるとまもなく見えてきます。
道の駅なみえ
2021/03/20 11:12:57
PENTAX K-1
DFA 28-105mm

道の駅なみえ

ここにはなぞのキャラが。
道の駅なみえ

「うけどん」というらしいです。魚の頭をかぶったホタテ。頭についたツブツブはイクラというスタイルでドンブリに入っています。
道の駅なみえ

「うけどん」の横にある生け花は假屋崎省吾さんの作品です。
道の駅なみえ

道の駅なみえ

外には巨大な「うけどん」。
道の駅なみえ

帰還困難区域周辺にも少しずつ生活が戻ってきているようでした。

ここから常磐道浪江ICへ向かいます。
25日は聖火リレー。

常磐道を再びいわき方面に戻ります。
帰還困難区域を横切るので,放射線量の掲示板があります。
 

 

今回の測定コースです。
 

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