ファラデーのテムズ川の実験は本当に失敗だったのか?

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今回は前回の記事「川の流れは地磁気で発電しているか(完結編)」で謎として残しておいた「ファラデーはなぜこの実験に失敗したのか」という疑問に関する検討です。


ファラデーの実験結果

 ファラデーは日記に実験の詳細を書き残しているので,それを詳細に検討してみました。
ファラデーの実験結果

 原文はこれですが,彼が書いているとおりに実験結果を図にするとこうなります。
川の実験結果ファラデーとの比較引き潮

 確かにファラデーの予想とは反対になっていて,彼がこの結果を失敗と思うのは理解できます。対して,私の実験結果は当時のファラデーの予想通りになっています。

次に潮の流れが反対になる夕方の実験も同様に図にまとめました。
川の実験結果ファラデーとの比較満ち潮

 今度は私の再現とファラデーの結果は一致しています。つまりこれはファラデーの予想通りです。

 ファラデーはこの2つの結果から「不規則」と考えてしまったようです。
 翌日,今度は電極を銅板から白金板に変えて同じ実験をやっていますが,結果は前日と全く同じになりました。
ファラデーの実験結果02

 その後は電線の張り方を変えたり試行錯誤していますが,今から見ると「何を確かめたかったのかよく分からない」実験で,予想通りにならなくて分からなくなったのかもしれません。
 つまり,失敗と考えたのは,電流の向きは引き潮でも満ち潮でも同じだったから。ということのようです。


検流計の考察

 彼は電流の向きを方位磁針の振れ方で判断しています。これは当時の普通のやり方です。
 これがファラデーが作った検流計です。磁石にした針金を2本反対向きに使って,コイルの中に置いています。感度を高める工夫です。
検流計


 もしもファラデーが川で実験したときの検流計の接続(AとBで書いてあります)が前年10月のものと同じで,これの針が東向きならこんな電流が流れていたはずです。
検流計引き潮
 つまり朝の引き潮の電流は検流計のAからBの方向になり,ファラデーの判定とは逆で,私の実験結果と一致することになります。

 午後の満ち潮も検討しましょう。
 
検流計満ち潮

 針の振れた方向は西向きでしたから,電流の向きは逆になりBからAです。ファラデーの実験図を見ると,午後の実験はなぜかABの接続が逆。これもファラデーが書いている電流の向きとは逆です。
 
 このようにAとBの極性が前年の図と同じとすると,ファラデーが書いた電流の向きは反対になります。従ってAとBの極性は以前と反対に名付けたのでしょう。そうならばファラデーの判定した電流の向きは間違っていません。
 結局,検流計のつなぎ方を検討しても,ファラデーの実験結果を理論に一致させることはできませんでした。
 
 翌日の白金板の実験でも,結果は同じです。実験は1~2時頃?にやったようですが,1回目の実験結果は水の流れも電流の向きも前日の午前と同じとしています。しかし,「後に針は反対向きになった」とも書いています。しかしこの「後」の時の「ABの接続の図」はないので,前日と同じく接続を逆にしたのか,そのまま午前中から実験していたのかはわかりません。もし「接続を朝から変えていない」なら,流れが反転して針も反転した可能性があります。
 まさか接続ミスを2日も繰り返すとは思えませんし。

 その後の日記ではこの件はあきらめたのか,電気分解の実験に行ってしまっているので彼はこれ以上の追求はしていません。

ファラデーの失敗は単なる接続ミスだったのか?

 先日の私の再現実験では「ファラデーの検流計でも,十分検知できる電流が流れるはずだ」と思えました。
 ファラデーの日記を読む限り、電流による磁石の針の動きはきちんと生じていて、電線をつなげたり切ったりすると、針がそれに応じて振れたり戻ったり、きちんと動くことも確認しています。そしてつないでいる間は針は一つの方向を向いていると書いています。ですから「感度不足で電流が感知できなかった」とは考えにくいと思います。
 そこで私が推測するのは「ひょっとしてファラデーは接続を間違えて記録したのではないか?」というものです。

 午前と午後でわざわざ接続を逆にした理由は分かりませんが,こういうことをやると実験の解釈が面倒になり,間違いのもとになります。
 実は私も1回目の浜名湖の実験のときは,午前と午後で+とーの接続を逆にしてたので,結果の解釈が「え~っと...」となりました。そうなるのは「実験の時は舞い上がっていた」という心理状態があるからでしょう。
 それで2回目の時は接続は変えないで実験しています。そうすれば針の振れる方向がそのまま電流の向きになるからです。余計なことを考えなくてすみ,ミスを防げます。

 ファラデーの実験結果を見ると,針の振れ自体には不安定なところはありません。しかし,彼の電流の向きの判定には疑問が残ります。
 そうなると失敗の原因は単なる接続ミスだった?ということも考えられます。実験の腕前の良いファラデーでそんなことが本当にあるのでしょうか?
 でも世界で最初の電磁誘導を発見し,水が磁力線を横切るという誰も考えたこともないアイディアを試そうというのですから,ファラデーが実験当日,私以上に舞い上がっていたとしても不思議ではありません。その実験の興奮と緊張が彼にミスを起こさせたのかも?

 結局,ファラデーの実験結果を電磁誘導の理論と一致させるには次の3点が必要です。

1.以前と同じ極性の検流計を使っていた。
2.すべての実験でAを北につないでいた。
3.方位磁針の針のふれは正しい。

 仮に,検流計の極性が反対だったとしても,2を逆にすれば理論通りの結果になります。ミスは2で起こったとするわけです。

 もし,ミスが2で起こっていたなら本当はファラデーは実験に成功していたのかもしれません。
 彼が電磁誘導を発見したのは1831年8月29日です。川の実験の時はまだ電磁誘導を発見して数ヶ月しかたっていません。そういう点ではどこかを間違えても不思議ではないですが.....

潮の影響のせいか?

 もう一つ彼が書いているのは「午後の方が潮の流れが強かった」「午後の方が電流が強く作用した」と書いていることです。そうなると午後の実験結果が正しいのは,潮の流れが強かったからという可能性もあります。
 ファラデーが実験した1832年1月12日の月齢を調べると9です。これはほぼ半月で,潮の変化は大きくない時期です。午前中から昼過ぎにかけて引き潮。夕方から夜に満ちてきます。川の流れの変化はこれに対応しています。ロンドンのテムズ川は海から50km離れているそうですが,平らなため潮の干満の影響を受けるそうです。満ち潮では海水の逆流があるそうです。ファラデーが実験した日は満ち潮の逆流が強かったのかもしれません。
 私は気象庁の潮位予想に従って実験時刻を決めましたが,ファラデーの時代にはテムズ川の潮位予想はあったのでしょうか?彼の実験時刻の選び方にも問題があったのかもしれません。
 もしもファラデーが正しい潮位予報を知っていて,満月や新月の大潮の時期に実験していたら,違う実験結果が出ていたかもしれません。
 私が1回目に浜名湖畔の川で実験したときは、ファラデーと同じく午前と午後は同じ結果になりました。しかし私たちはそれを失敗とは見ませんでした。その川では潮の満ち干に関係無く川は上流から下流に流れていたと考えたのです。
 それを検証するために、2回目に実験した川では潮に合わせた川の流れがある事を確認して選んでいます。その結果は「流れの向きで電流は反対になる」という理論通りの結果を得ました。
 一方、テムズ川の特性として平らで流れが緩やかであることです。ファラデー自身も日記で「流れがdull(だるい)」と書いています。そのため海面の影響を常に受けていて、河口から50km離れたロンドンでも水位の上下があります。
 海水が川に流れ込んでいるときは、海水の重さで川の底の方を流れます。そうすると条件によっては「川の上と下で流れる向きが違う」ということがあり得ます。
 ファラデーの実験結果で午前中の流れを「西から東(上流から下流)」としているのは、表面だけで、電極を沈めた深さでは海からの海水の広がりが届いていたのかもしれません。そうするとファラデーが午前中に実験したときの水の流れは本当は反対だったのかもしれません。
 午前中の川の流れが反対ならば、ファラデーの実験結果は理論通りになります。
 これを実験日の月齢による潮汐パターンで検討してみます。
これは月齢・潮汐カレンダーから今年の1月のものです。このグラフは「天文潮位」の計算値なので,イギリスでも天体の位置関係が同じなら同じパターンになるはずです。地形などによって多少の前後や水面の高さは違うでしょうけど,パターンが大きく違うとは考えられません。
 ファラデーが実験した月齢ではこうなります。ロンドンは河口から遠いのでこの時刻より遅れて潮の変化があったでしょう。
 はっきりした実験時刻は分かりませんが,ファラデーが午前と夕方に実験したと書いているので,潮の流れを考えると概ねこのような時に実験したと思われます。
ファラデーの潮

 一方,これは私たちの再現実験の時のパターンです。ファラデーの実験よりも潮の変化が大きく流れがはっきりしています。
再現時の潮

 ファラデーは実験していた「午前中」を引き潮の流れとしていますが,このグラフでロンドンでの変化の遅れも考慮すると,午前中~昼前後までは本当は満ち潮だったとしたら?
 川の流れは本当にファラデーが思っていたとおりだったのか?
 そして実は2回とも満ち潮だったのでは?
という疑問が残りました。しかし,テムズ川を見たことのない私にはこれ以上のことはわかりません。

結論

 定説である「検流計の感度不足(100マイクロアンペアまで)」「川で発生する電流の少なさ(66マイクロアンペア)」が、彼の失敗の原因ではなかった(私達の実験では1000マイクロアンペア程度発生)とすれば、可能性は2つ考えられます。

1.検流計の接続の勘違い。
2.電極が沈んだ深さの水の流れの判断が間違っていた。

 彼の日記ではこれ以上のことは分かりませんし、彼が実験結果を正式にまとめた論文や著書でも「失敗」としているので、彼はこの実験をずっと失敗と考えて、特に訂正はしていません。
 ともかくファラデーの実験では,何らかの電流が観測されていることだけは確かです。感度不足で測定できなかったということはないと考えられます。
 ファラデー自身はこの実験について,後に出版した『電気実験』でこのように結果をまとめています。


検流計には絶えず偏寄が見られたが,それらは極めて不規則であり,探している以外の原因によるものが次々に生じた。川の両岸の水の異なる純度の状態,温度差,板および用いたハンダのわずかな差,およびすりあわせやその他による接触の完全さの多少の差,等のすべてが交互に結果となって現れるのであり,橋のまん中のアーチを通過する水についてのみ実験を行い,銅板の代わりに白金板を用い,他のあらゆることに注意を払って行ってみたけれども,3日の後にも何ら満足すべき結果を得ることができなかった。
(ファラデー『電気実験 上』,内田老鶴圃,1980,62ぺ)


 液体中に微量な電流が生じる原因にはさまざまなものがあり,結局それらの「ノイズ」を避けるには,ノイズを超える強い流れが必要なのかものかもしれません。私自身のその後の別の実験でも流れや磁力線と関係ないと思われる電流を検知しています。この実験はなかなか条件が厳しいようなのです。それでも私たちの実験では川の流れの反転で電流の反転が確認できたのは,テムズ川よりはるかに強い流れがあったからなのかもしれません。
 それをはっきりさせるには,流れのない水でどの程度の電流が生じるかを測定して,ノイズを差し引く実験をやる必要があるでしょう。
 あるいは潮の変化を挟んで流れが反転する時の電流の変化を測る必要もありそうです。

 ファラデーは人工磁石と水を使って「液体でも電磁誘導は起こる」ことを確かめています。だから川の実験が失敗しても,自分の発見した法則の正しさは確信していました。

 さらなる実験が必要ですが,残念ながら今は本業が忙しいので,私自身はこれ以上の実験継続はできません。
(その2につづく)
その後の追加実験でさらに謎解きをしています→ファラデーのテムズ川の実験は本当に失敗だったのか?(その2)

参考文献

1.『Faraday's Diary Vol.I』(初版1936,ペーパーバック版2008)



2.ファラデー『電気実験 上巻』(古典化学シリーズ10,内田老鶴圃,1980)
3.Giles Lipscombe, Jordan Penney, Roger Leyser, Hayley Jane Allison,「A5_4 Water Under the Bridge」,University of LEICESTER Physics Special Topics,2014.11.14

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コメント

  • 単純なミス?

    >彼が電磁誘導を発見したのは1931年8月29日です。川の実験の時はまだ電磁誘導を発見して数ヶ月しかたっていません。そういう点ではどこかを間違えても不思議ではないですが.....
    たぶん,1931年は1831年のまちがいではないですか。


  • 訂正しました

    ありがとうございます。訂正しました。


  • ファラデーの電流概念は?

    wikiによるとオームの法則がまだ知られていなかったようです。電流のイメージが、ファラデーは今とはどこか違っていた可能性はありませんか。


  • 今と同じです

     電流については,すでに1820年にアンペールによって,現在と同じ向きに流れることが定義されています。ファラデーはアンペールと手紙のやりとりをしていて,親しい間柄だったので,互いの理論はよく知っていたでしょう。
     それにファラデーの電磁誘導の法則は磁力線の向き,電流の向き共に現在と同じです。
     電流イメージが現在と違っていたとは考えにくいです。


  • 電流概念から始まりました

    ファラデー時代に不明確だったのは電圧と電気抵抗の概念です。これはオームの法則で定量的に扱えるようになりました。ファラデー時代は「電流の強さを方位磁針のふれの大きさで測る」ということまで実現できていました。電流がまず最初に定量的に扱われるようになりました。《電流と磁石》も電流以外の概念は出さないようにしています。
     まずは電流から入門という考えです。
     電気器具を動かすとき,必要な電流の強さをコントロールする条件として「電圧」と「電気抵抗」が初めて必要になります。これはエジソンが電球を光らせる送電システムを考えたときに生かされています。


  • 関係あるでしょうか

    昔読んだ本で、ファラデーは単極発電において、円盤を回転させると発電し、反対に磁石の方を回転すると発電しないのに不思議に思っていたらしいです。これと関係あるかもしれません?


  • 関係なさそうです

    れはどうでしょう?私は関係ないと考えます。ファラデーは1831年の電磁誘導発見のあとすぐにアラゴーの円板の正しい説明に到達していますし,発電機も発明しています。私たちの現代的理解とほとんど同じだと思います。

    実験方法に間違っていると思われるところもないし,私自身の再現実験もファラデーの予想通りになったし,なぜ彼の実験結果で電流の向きと川の流れの向きが合わないのかが謎です。少なくとも「検流計の感度不足」が失敗の原因とは思えません。
     となると,可能性は「川の流れは本当に正しかったのか?」という一点に絞られます。
     特に午前中の引き潮っていうのが怪しい。
     今となっては確かめようもありませんが。テムズ川で現地調査しかないかも....



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