ローマ皇帝のコインに見る動物園そして東西交流
前回は「銀貨で見るローマ帝国の時代区分」を書きましたが,まだ全てのコインがそろっていないので,今回は個別の話題です。
私の連れがカバマニアなので,「ローマ帝国のコインにカバの絵が載っている」という話を聞きました。それで,コイン探しのついでにカバのコインも捜すようにしていたのですが,その結果「特定の皇帝のコインに特にカバが多い」ということを知りました。
それは皇帝フィリップスの妻オタキリアのコインです。それも1種類では無く,様々な異なったカバの絵柄が刻印されています。かなりカバにこだわりがあった様子が見て取れます。
私が入手できた彼女のカバコインは銀貨4種類,銅貨2種類です。まだまだ捜せばあるのかもしれませんが,最近のeBayではめっきりカバのコインが出てこなくなってしまったので,ひょっとして私が買い占めてしまったのかもと危惧しております(笑)。
この写真は私の手持ちのものですが,残りのカバは連れにクリスマスプレゼントとして渡してしまったので,今回紹介できるのは2種類です。
248年4月,ローマ皇帝フィリップスはローマ建国(紀元前753年)1000年祭をローマ市内で開催しました。
その記念コインとしてカバ以外にも多くの動物のコインが発行されています。彼の銀貨は銀メッキで,下手に磨くことはできません。
彼の前任者は,これも前回紹介したコインにある,ゴルディアヌス3世なんですが,彼は244年2月11日ペルシア軍との戦いで敗死(もしくはフィリップスによる暗殺)してしまい,近衛隊長だったフィリップスが,軍に支持されて皇帝宣言し,後を引き継ぎました。彼は息子をフィリップス2世として補佐に付け皇帝となりました。
当時は蛮族の侵入が激しかった時代で,国境を守る戦いが続いていましたが,首都ローマでは盛大な建国1000年祭を行っています。
西暦200年代は衰えたりとはいえ,まだそれなりの力を持っていた時代ですね。
コインを見る限り属州の「アフリカ」や「エジプト」から動物を連れてきて「動物園」を作ったことがわかります。円形闘技場コロッセオでも多くの催しをしています。
この皇帝以外にも,アフリカの動物のコインを発行している皇帝もいますが,彼ほど多くのカバコインを発行している皇帝はまだ見つけていません。フィリップスのコインは状態の非常に良いもの以外は,私が買える程度の値段なので,きっとたくさん発行されて,それほど珍しいコインでは無いのでしょう。
今のところフィリップス皇帝の裏にカバが刻印されていたものは見たことがありません。全てのカバコインは妻のものだけです。
それにしてもなぜフィリップスは妻のコインばかりにカバの絵柄を採用したのか?彼女もカバマニアだったのでしょうか?属州エジプトでは古代からカバは「豊穣と多産の女神」として信仰されてきたので,そのせいかもしれません。
この中に「ローマの起源」のコインがありますが,これは「オオカミに育てられた2人の子どもが最初のローマ王となった」という伝説に基づくもので,いろいろな皇帝が発行しています。
帝国後半のもっと大変な時代になると,再統一を果たした皇帝がよくこのテーマを用いるので,皇帝の正当性を主張するという意味があったのかもしれません。
フィリップスも治世は短く,249年後半,次の皇帝の座を狙ったデキウス軍との戦いで敗死。5年の在位で終わりました。息子のフィリップ2世も殺されました。
この時代天寿を全うした皇帝はほとんどいません。みんな兵士の裏切りによる暗殺か帝国外の敵との戦いで戦死です。まさに戦国時代。「最も命が危険な人は皇帝だ」ともいえます。彼に心安らかな日はあったのでしょうか。
皇帝死後の妻がどうなったかは,「彼女は皇帝死後も離婚しなかった」という記録があるだけだそうです。この時代上流階級の「離婚・再婚」は「生き残るための乗り換え」という側面もあるのですが,彼女はそうしなかったということになります。
その後の記録は残っていないので,わかりません。
フィリップスにはこんな夫婦のカップル銅貨もあります。
これを見ていると,遙か昔の人でも「確かにこの人達は生きて存在していたんだな」と実感しました。
こうしてフィリップスのカバコイン発行が突出していることがわかったわけですが,それ以外の皇帝のコインも探索に引っかかってカバを発見しています。
これは第4代皇帝クラウディウス(41-54AD)と第2代皇帝のチベリウス(14-23AD)のカバ銅貨です。大きい方がクラウディウスです。これはローマ皇帝発行のものではなく、エジプト属州のアレクサンドリアで発行された地方銅貨です。額面は大きいクラウディウスのコインは「1オボル(1/6ドラクマ)」で、チベリウスのは「ヘミオボル(1/2オボル)」です。
ローマ帝国では地方政府の銅貨発行が許可されていて、地域通貨として使われていました。銅貨は日常の買い物に使うものなので大量に必要です。そういう少額コインの管理は地方に任せていたわけです。
これは皇帝ネロ(54-68AD)がエジプトのアレクサンドリア造幣局で発行したカバ。かなり腐食していて状態が悪い銀貨です。(その分お値段も安かったので入手できましたが)。これも地方銀貨で額面はテトラドラクマ(4ドラクマ=24オボル)といいます。テトラドラクマは12gほどで、ローマ帝国の基軸通貨ディナリウス銀貨の3~4倍の重さがあります。しかしテトラドラクマは銀と銅の合金で純度が低かったので、価値はディナリウス1枚と同じとして通用しました。
そして,直接カバを表現したわけでは無いですが,ハドリアヌス(117-138AD)のディナリウス銀貨にもカバが顔を出しています。これはローマ皇帝発行の全国に通用した銀貨です。
これは「ナイル川を擬人化した神」で,時々クロコダイルやカバが登場しています。似たような題材の大型銅貨もあるのですが,あまりに高価で私には縁の無いものです。
矢印の所にひょっこり大口を開けて登場しているのが見えます。ハドリアヌスは昨年爆発的にヒットしたお風呂漫画「テルマエ・ロマエ」の重要な登場人物として登場しています。
フィリップスのように,ローマで動物園を開いたらしい皇帝ガリエヌス(253-268AD)にはいくつか動物のコインがあります。これはヒョウの銀貨です。
残念ながらガリエヌスのカバコインは無いようです。ガリエヌス時代のコインはとても薄っぺらで、銀は塗ってあるだけです。これは良い方で、まったく銅貨にしか見えないものもたくさんあります。ガリエヌス時代は帝国が分裂し、北方蛮族の侵入も激化した時代でした。彼は帝国の再統一を果たせず暗殺されてしまいました。
このように当時のローマ人(皇帝?)にとっては,属州アフリカやエジプトの動物はなじみだったのかもしれません。あるいは帝国の領域を宣伝するためなのかもしれません。
さて,ローマの動物コインを捜していくと,東西交流の証拠も見つかります。それはアジアの動物も出てくるからです。
良く出てくるのは皇妃にクジャクの図柄を使うことです。
これは五賢帝最後の皇帝マルクス・アウレリウス(161-180AD)の妻Faustina Junior(145-175AD死去)のコインにある,羽を広げたクジャクです。
そしてアジア代表の食材であるブタも出てきます。ブタは石器時代から中国で家畜化されて一大産地に発展していきます。それがローマにも伝わったのでしょう。
これはネロ(54-68AD)自殺後の戦乱を終結させたヴェスパシアヌス(69-79AD)のブタのコイン。
彼の功績で有名なのは円形闘技場(コロッセオ)の建設を開始したことです。現代人がローマと聞いて思い浮かべる建物がこの時代に建設されたということですね。
ブタもコインになるということは、ブタも見世物になるような珍しい動物だったのかもしれません。あるいはなにかおめでたい意味があったのかもしれません。ローマ人もブタは時々食べたそうですが、主に北のゲルマン民族などが飼ってたので「蛮族の食べ物」だったのかも。ローマではどうだったのでしょうか?
ローマはシルクロードの出発点でもありゴールでもあります。コインにも東西交流が見えました。
参考文献
(アマゾンリンク)
・David Sear『Roman Coins and Their Values Volume II 』2002
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・David Sear『Roman Coins and Their Values III: The Accession of Maximinus I to the Death of Carinus Ad 235 - 285』2005
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コメント
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素晴らしいコレクション!
いつの間にこんなに集めてたのだ~
ずいぶんと種類が増えていたんですね。こりゃ市場に出ているカバはすべて集めたのでしょうか?
ローマのカバコインだけがここまで集まるとは・・・ 素晴らしいです。
私はニマニマして見ちゃいます。やっぱりカバはかわいい。
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傍流にもおもしろさあり
本来の目的外の探索で見つかった範囲ですので、まだ隠れたところにカバがいるかもしれませんよ。ebayを探索してみてはどうでしょう?コインでなくてもカバは無数にいますから。