ファラデーの2種類の電磁回転を再現する
Tag: 電磁気学 ファラデー 電磁回転 電磁誘導 科学教育 科学史 理科教材
もくじ
1821年にイギリスの科学者マイケル・ファラデーは世界で初めて「電気で回転する装置」つまり,モーターの実験に成功しました。彼はそれを「電磁回転」と名付けて発表しました。当時は1820年にエルステッドが「電流のそばの方位磁石が動く」ことを発見したばかりです。電気と磁気に何らかの関係があることがようやく分かりはじめた時代でした。
他の科学者は電磁回転の実験に成功していなかったときに,なぜファラデーだけが短期間で成功したのでしょうか。
当時の彼の実験日記にはこんな図が書かれています。
(『Faraday's Diary Vol.I』1821年9月3~4日の日記より)
ファラデーは「電流のまわりには丸い磁力ができている」ことを,エルステッドの研究で知りました。同じ頃フランスのアンペールは,この電流の磁力を「ニュートンの万有引力の法則」をまねた理論で説明していました。「電流と磁石の間には直線的に力が働いている」という考えです。当時は,「太陽と地球の間に直線的に重力が働いている」というニュートン力学が大成功を収めていたので,その理論を真似したのです。
でも「直線的な力」で「丸い力」を説明するのはどこか無理があります。結果としてアンペールの理論は難しい数学的理論となりましたが,当時の多くの科学者が支持して主流となった考え方でした。
そうした中でファラデーは「丸い磁力」をそのまま受け入れていたわけです。実際,電流のまわりに方位磁石をならべてみると,電線のまわりを磁力が丸く囲んでいるのが分かります。
さて,これがファラデーが発明した電磁回転装置です。金沢工業大学にあるファラデー当時のオリジナルの本です。
ファラデーの電磁回転装置には2種類あることが分かります。
(1)「磁石のまわりを電線が回転する」もの。
(2)「電線のまわりを磁石が回転する」もの。
ファラデーの装置には大量の水銀が使われていて,現在はそのまま実験するのは難しいです。一つには大量の水銀の危険性。保管や扱いに注意が必要です。もう一つは「水銀が高価であること」です。この実験には水銀が少なくともコップ1杯必要です。それには3~4kgぐらいの水銀が必要です。万単位のお金がかかってしまいます。私も最初は水銀でやろうとしたのですが,学校にあった水銀が少なすぎてうまくいきませんでした。
そういうわけで何とか水銀を使わない方法で再現することが,以前から科学教育の研究者によって試みられてきました。
電線が回転する装置
そのうち「磁石のまわりを電線が回転する」装置は比較的容易に再現できます。ネットでもいろんな方法が見つかります。
その中で私は,小林卓二さんの『ファラデーのモーターの科学』(さえら書房,1986)に載っている方法を採用しました。
これが私が作った実験装置です。現代の材料を使って「ネオジム磁石」に変更しています。
実際の動きは動画で見てください。
磁石が回転する装置
次に再現を目指したのが「磁石が回転する装置」です。こちらの方が直接「電流のまわりの丸い磁力」が見られるので,教育的にも意義が大きいです。しかし,これを水銀を使わずに再現するのは困難で,ネットでも実験している人はほとんどいません。
私は夏から試行錯誤してきましたが,ようやく今回成功しました。
まずは動画を見てもらいましょう。電流は下向きに流しています。「右ねじの法則(右手の法則)」通りの回転方向ですね。
ポイントは「強い磁石」と「大電流」です。きわめてまっとうな解決方針ですね。
回転用の磁石は,Amazonで買った直径2ミリ,長さ1ミリのネオジム磁石をつないで,細長い棒磁石にしました。浮きとして12ミリの発砲スチロール球を手芸店で購入。10ミリ程度のスチロール球で十分浮きます。浮き具合は,つなぐ磁石の個数で調整すればいいでしょう。
これに0.3ミリエナメル線(ホルマル線)で,電極に引っかける輪を付けます。最初はナイロンの釣り糸で作ったのですが,電極の熱で切れてしまったので金属線にしました。
これが水銀の代わりです。高校の化学の教科書に載っていた銅メッキに使う電解液を参考にしました。
・硫酸銅 83g/L
・濃硫酸 50g/L
の濃度で水に溶かしました。必要量は300mLほど。濃度は目安でそんなに厳密でなくても良いでしょう。硫酸を加えるといってもこの濃度なら全く危険ではなく,磁石を付けるときに何度も溶液に手を入れてますが何ともありませんでした。もちろんその後は,そのままにしないで手は洗いましょうね。硫酸は乾くと濃くなるので濡れたまま放置はいけません。拭き取った布や紙は水で良く洗い流します。
硫酸銅だけだと12V×4でも1~2A程度しか電流が流れず、磁石は動きませんでした。硫酸を加えると13~15A程度の電流になって、磁石は回転しました。
ファラデーのコップの代わりです。100円ショップで買った,プラスチックの大きなロウトと,コップを組み合わせ,直径2ミリの銅線と太さ1cmの銅の棒をプラス電極としました。すべてパテで固定してあるだけなので分解可能です。
ロウトの底の部分はパテと防水接着剤で固めて,銅線を電極にしてあります。ここに磁石を引っかけます。
これが使用したパテと接着剤。ホームセンターで購入。パテだけだと電解液の酸性で溶けてしまったので,防水接着剤も必要です。
コップの底に磁石を付けました。ファラデーの発明のポイントはS極を銅棒の軸線上に置くことで、円形磁場の中心に持ってくることです。これによってS極にかかる力のモーメントをゼロにできて、S極が逆回転するのを防ぐことができます。素晴らしいアイディアですね。これによってN極だけが円形磁場で回転します。
棒磁石を電線のそばで縦に浮かべただけでは、NとSにかかる力のモーメントがうち消し合って回転できません。
電源は12Vバッテリー4個直列で48Vです,3個でも動きましたが,やや力が弱くて引っかかることがあったので,ある程度の速さで確実に回すには4個が良いでしょう。
最初の試行錯誤ではバッテリー1個の12Vでずっとやっていたのですが,電流はほとんど流れませんでした。当然磁石は全く動きませんでした。そこで電流を増やすためにこうなったのです。これで15Aぐらい流れます。硫酸銅溶液はかなり熱くなります。長時間やると沸騰するでしょう。
この方法は「銅の精錬」や「銅メッキ」と同じなので,マイナス極に銅が析出してたまっていきます。プラスマイナスを反対につなぐと,コップの底の銅線電極が溶け出して無くなってしまい、S極を引っかけることができなくなります。必ず上側の銅棒をプラスにします。逆回転させたいときは,磁石のNSを反対にしてください。
実験したところ、通電するとネオジム磁石のニッケルメッキも溶け出して,磁石がダメージを受けました。ビニールテープ部分は無事でした。磁石は消耗品と割り切りましょう。
追記:磁石の腐食防止(2021.1.6)
磁石が腐食しないように、バスボンドでコーティングして、ビニールテープで巻いたところ、ネオジム磁石が腐食無く使えるようになりました。
快調に回りました。
プラス極の方からは銅がイオンとなって溶け出します。かなり細くなってました。まあ,やってることは銅の精錬なので仕方が無いです。
プラス電極を炭素棒にすると溶け出すことはなくなりますが,代わりに水が電気分解されて酸素が発生します。マイナス極に銅が沈殿するのは変わりません。また食塩水を使うと塩素ガスが発生するので,やや危険。水酸化ナトリウムだと酸素と水素が発生します。
この実験でもプラス極から泡が出ていますが,これは大電流で接触部が高温になっていることが主な原因でしょう。大電流で多少は水も分解されて酸素が出ているのかもしれません。銅電極と硫酸銅では原理的に銅しか生成されないので,電極や溶液が高温になっても安全性が高いと思います。
プラス極の銅の棒にさわっても何ともなかったので感電の恐れは無いでしょう。
これはフェライト磁石バージョン。フェライトだと酸化されないので,硫酸銅につけても腐食されないのですが,残念ながら磁力が弱すぎて全く動きませんでした。
そうなるとファラデー当時は一体どれぐらいの強さの棒磁石を使っていたのかという疑問がわきました。ネオジムなんて無いですから,そんなに強い磁石ではなかったと思われます。弱い磁石を回すには,かなりな大電流が必要なはずです。
ファラデー自身は文献4で「ウォラストン博士が作ったガルバーニ電池」を用いていて,その電極は10組と書いているので,ボルタ電池10個直列だと思われます。そうすると10V程度でしょう。水銀は金属なのでかなりの大電流が流れますね。私も水銀に12Vバッテリーをつないで試しましたが,ほとんどショート(短絡)に近い電流が流れました。
あとは,磁石が動きやすいような工夫もあったのでしょう。ファラデーが論文に書いていないところに見えない工夫や苦労があったのかもしれない----そう思える再現実験でした。
謝辞
電解液に硫酸銅を使う方法は加藤浩幸さんの実験からヒントを得ました。また,與那嶺 剛さんのサイト「電磁気学入門⑥ ファラデーのモーター」からも多くのヒントを得ることができました。ここに記して感謝いたします。
参考文献
1.『Faraday's Diary Vol.I』(初版1936,ペーパーバック版2008),50-51ぺ。
2.エールステッド,「電流の磁気作用」,『近代科学の源流 物理学篇I』,北海道大学図書刊行会,1974,89-94ぺ。
3.ゼーベック,「磁気圏と鉄粉図形」,『近代科学の源流 物理学篇I』,北海道大学図書刊行会,1974,102-106ぺ。
4.ファラデー,「電磁回転」,『近代科学の源流 物理学篇I』,北海道大学図書刊行会,1974,107-115ぺ。
5.小林卓二,『ファラデーのモーターの科学』,さ・え・ら書房,1986,27ぺ。
6.與那嶺 剛,「電磁気学入門⑥ ファラデーのモーター」,2018.2.8。
7.加藤浩幸さんの電磁回転の再現実験(未発表)。
購入部品(Amazonのリンクです。)
・直径2ミリ、長さ1ミリのネオジム磁石
・12Vシーリングバッテリー
・12Vバッテリー充電器
・Faraday's Diary Vol.1
・バスボンドQ クリアー
・セメダイン すきまパテ
・純銅丸棒直径 20mm 長さ 300mm
・裸銅線 14ゲージ 99.9%純銅線 2 mm
・エナメル線0.3mm(ポリウレタン銅線)
コメント
-
見事な実験
見事ですね。私が20数年前につくったものよりずっと速く回ります。中央の電線が太いようですが、ここに流す電流が大きいのでしょうか。電線からもう少し離れるとどのくらいの速さで回るかを見たいなと思います。
-
磁場をはっきりさせるため
まん中の電線が太いのは,磁場をはっきりさせるためです。ゼーベックが初めて円形磁場の鉄粉模様を作ったとき,細い電線では模様が明確でなくなると書いてあるのに従いました。
また,この方法はプラス極の銅が溶け出すので,太い方が良いという目的もあります。
最初はそんなに大電流をねらったわけではなく,結果的にここまで流すことになったので,太くて良かったということになります。