マルコーニの「世界最初のモールス無線電信」の再現実験
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今回の再現実験は「マルコーニの無線電信」です。(その後改良版のVer.2も作りました。(こちらの記事を参照してください。)
マルコーニ(1874-1937)はイタリアの発明家で世界で初めて無線電信の実用化を成し遂げた人です。
昨年の記事で「ヘルツの電磁波発見の実験の再現」を行いました。ヘルツは「電気火花」で電磁波を発生させ,電磁誘導で生じたかすかな電気火花で電磁波を検出しました。
この発見は「火花放電で電磁波が作れる」ことと「電磁波は離れた場所に電気火花を作る」ことを意味します。
これを遠距離の情報伝達に利用しようという試みはいくつかあったのですが,最終的に実用化し,事業にまで育て上げたのはマルコーニでした。
マルコーニが利用したのは「コヒーラスイッチ」という現象です。
説明するより,見てもらった方が早いでしょう。
中学や高校の理科室にある「誘導コイル」という火花放電を作る装置で電気火花を飛ばすと,離れた場所のLEDが点灯します。
コップに入ったアルミ玉の装置が「コヒーラスイッチ」です。コヒーラというのは「接触する」という意味の言葉で,1888年のヘルツの実験を応用して,1890年にフランスの科学者エドアール・ブランリーが発明しました。
アルミ玉は電気を通しますが,10個ぐらいの玉が接触している程度だと,ギリギリ電気が通るか通らないかの状態にできます。
ここに電磁波が通過すると,アルミ玉に電磁誘導でわずかな電流が流れ,目に見えない電気火花が飛びます。するとアルミ玉の表面がつながり,乾電池の電流が流れてLEDが光るのです。
つまりコヒーラは「離れた場所のスイッチをONにできる」装置です。コヒーラを揺らすとアルミ玉のつながりが切れて,LEDは消えます。
マルコーニは若い頃ヘルツの実験を知って,「うんと遠く離れたスイッチがONにできれば,遠くの人と文章のやりとりができるのではないか」というアイディアを思いつき,実験に打ち込むようになりました。両親の広い別荘を実験室にして実験に夢中になったそうです。
当時はすでに大陸間に海底電線がひかれていて,電信会社が遠距離の文字送信サービスを行っていました。
マルコーニは先行する電信会社との激しい競争を避けて,船に無線機を使ってもらうことで収益を上げました。船には電線はつなげませんから,これは良い考えでした。
ちょうどタイタニック号の事故で,マルコーニの会社の無線機で救難信号を発信したことが有名になり,無線の時代がやってきました。
マルコーニは火花放電で電磁波を作り,コヒーラで受信する仕組みを使っています。
これがマルコーニが実用化したコヒーラスイッチのレプリカです。
私はいろいろ探した結果,「音技工房」で作ってもらいましたが,製品は平川製作所のサイトに載っています。これを見て注文しました。
Wikipediaによればこんな構造です。
ガラス管に金属の粒を入れた簡単なものです。ただ,音技工房によると「時計並みの精度が必要」ということだそうです。意外に精密なんですね。
さて電信は電流のONとOFFで文字を送るものです。これをモールス信号といいます。たとえばSOS(救難信号として有名)は「・・・ 一 一 一 ・・・(トトト ツーツーツー トトト)」と長短の電流を送ります。コヒーラでこれをやる場合問題なのは「コヒーラは電波でONしかできない」ということ。
コヒーラだけでは電気のON・OFFを繰り返すことができないわけです。
マルコーニはどうやってこの問題を解決したのでしょう。
マルコーニのまねをして今回作ったのはこんな回路です。
電波が来てコヒーラがONになるとリレーの入力側に電流が流れ,リレーの出力側のスイッチがONになります。出力側につないだ機器をそれでONにするわけです。
リレーという部品はこのように「入力信号に合わせてスイッチのON・OFFを行う」ための部品で,機械の動作コントロールによく使われています。
コヒーラはあまり電圧を高くするとうまく動作しないので1.5Vで動かしたいのですが,ブザーやLEDなどは3V必要です。そこで間にリレーをはさむのです。マルコーニの時代は電磁石式のリレーでしたが,今では半導体スイッチでコンパクトです。
このときコヒーラにバイブレーター(振動モーター)をくっつけておくのがミソ。マルコーニの時代は電磁石を使ってコヒーラをたたいていました。
動作はこんなイメージ。
電波がくる
コヒーラON
リレーもON
LEDが光り,
ブザーが鳴り,
バイブレーターがコヒーラを揺らしてOFFにする。
これが同時に起こるわけです。
電波が届いている限りコヒーラはON→たたく→OFF→電波がくる→ON→‥を高速で繰り返します。
これで届いた電波の長短を感知する事ができます。
マルコーニの装置では「ペンで紙に書く印字装置」を動かしました。受信時のON・OFFをペンで書いた線の長短にしてモールス信号を読み取りました。あわせて高感度のイヤホンも使って,音でも受信信号を聞き取っていました。
ほんとうにこれでうまい具合に行くのでしょうか?特にモールスの長短の電気信号がこれで識別できるのか?信号がブツブツに途切れないかなあ?と疑問を持ちました。でも,当時はこれでうまくいったのだし。
どういう動きなのかは実際に試してみるしかないですね。
作ってみることにしました。
これが今回使ったリレー。オムロンのG3DZ-DZ02PGです。ずっと前に別の目的で買ったものの余りです。コヒーラ側の入力1.5Vの動作条件に合えば他のリレーでもかまいません。
受信機全体。少しでもモールス信号らしい音が出るように,ビープ音を出す電子スピーカーを使いました。
こちらは送信機。USB電子ライターの放電を利用します。
モールス信号を打つには「電鍵」というキースイッチを使うのですが,高価なのでマイクロスイッチを取り付けてちょっとはモールス送信機らしく。
大成功です。
火花放電の出力を強めたり,アンテナを工夫すればもっと遠距離でも通信できますが,現在の電波法では「火花放電の電波発信は禁止」されているので,ほどほどにした方が良さそうです。火花放電では広範な周波数の電波が出てしまうので,近所迷惑になるのです。
マルコーニは1901年に大西洋を越えて,イギリスとカナダの間の通信に成功しています。
現代の電波の時代も,もとをたどればこんなシンプルな装置から始まったんですね。
追記:振動モーターの変更
コヒーラを揺らす振動モーターを平面のものから,円筒形のマイクロモーターに変更してみました。
ソケットの土台を削って,うまくコヒーラと接するように取り付けました。
これでも問題なく動作しました。どちらの振動モーターを使ってもうまく動作するようです。モーターの振動でコヒーラの中の金属粉が飛び跳ねているのも分かりますね。これで連続的なON・OFFが生じているのです。
参考文献
1.漆谷正義「火花放電式無線電信機の実験」,『RFワールド No.44』,CQ出版社,2018.11
2.「コヒーラ」,有限会社平川製作所のサイト
3.デーニャ・マルコーニ・パレーシェ『父マルコーニ』,東京電機大学出版局,2007
4.まえさきひろし「マルコーニ」,短波開拓史のサイト記事
5.Wikipedia「コヒーラ検波器」
6.臼田昭司『絵とき リレー回路 基礎のきそ』,日刊工業新聞社,2008
7.リレーの製品はオムロンのサイトで確認してください。
実験道具(Amazonのリンクです。)
・USBライター
・振動モーター
・ヒューズホルダー
・ヒューズ管ホルダー(モノタロウのリンク)
コメント
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コイルはアンテナ?
コイル部分はアンテナ?
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破損防止でしょう
これは輸送時の破損防止ではないかと思います。
実験するときにヒューズホルダーにはめたので,取りました。
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アンテナは別ですね
そうですよね。当時は長波でアンテナは別ですよね。
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マルコーニは短波からはじめました
初期の無線は長波のイメージが強いと思いますが,実は短波領域から始まっています。
それはヘルツの実験が「極めて速い電気振動」だったように,電磁波発生に成功したのが1GHz程度であったからです。振動数を下げて電磁波を作るのは実は簡単ではなく,マルコーニなどが徐々に実現しています。
マルコーニの最大の発見は,短波領域の電波が地球の丸さにもかかわらず遠方まで届くこと。当時の科学者は「地球は丸いから電波が遠くに届くことはない」と言ってました。
マルコーニの発見以降,電波が大地を伝わるとかいろいろな仮説が出て,大気上層の電離層の発見につながります。
マルコーニは無線電信の発明でノーベル物理学賞を受けています。
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コヒーラの電線止めにつきまして
ご紹介、誠にありがとうございます。
細い銅線ですが、これは、電線が動かないように止める目的で巻いております。
ガラスから出ている電線の付け根がどうしても弱く、ここが折れますとコヒーラが壊れてしまいますから、それを防ぐようにしています。
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コメントありがとうございます
うまく動作してよかったです。
あとは,電子ブザーの音がもうちょっとモールスらしくなるといいかなと思ってます。
凝った実験装置よりも,原理丸出しの装置のほうが教材として役に立ちます。