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霧箱の原理

見えない放射線を見る道具「霧箱」

 放射線は目には見えません。しかし,「霧箱」という道具を使えば,見えないはずの放射線を間接的に〈見る〉ことができます。
飛跡の拡大
 これは霧箱で見えたアルファ線をうんと拡大したものです。小さな霧粒が集まっている事が分かります。放射線が霧箱の中を通過すると、その通り道に沿って霧粒の集まりができます。それを肉眼で見ると飛行機雲のような白い雲の筋に見えます。その「雲の筋」は「放射線が飛んだ跡」なので「飛跡」と言います。放射線の残す飛跡を観察することで,どんな放射線がどのように飛んだかを知ることができます。
 一般にアルファ線は太く濃い飛跡を作り、ベータ線や宇宙線は細い飛跡を作ります。ガンマ線や中性子は霧箱では見えません。霧箱で見えるのは「電気を帯びた粒が飛んだとき」だけです。

ウィルソン肖像

 霧箱はC.T.R.ウイルソン(1869-1959・イギリス)が発明したものです。彼は気象学者で1895年から「雲を人工的に作る研究」を始めたのですが,放射線の発見を知ってからは〈放射線を見る道具〉として研究を進め、1911年に初めてエックス線やアルファ線の飛跡の写真撮影に成功し、1912年に発表しました。このとき霧箱が「放射線を見る装置」として完成しました。
 ウィルソンの時代には雲粒は空気中のチリのような〈微小な粒子〉が核となってできる事が分かっていました。彼は空気中にチリが無くても,〈空気が電気を帯びてイオンになったもの〉も霧粒ができる核になることを発見しました。彼は霧箱にX線を当てて空気をイオン化すると,霧の発生が増えることを確かめました。
 英語ではこのウィルソンの装置を「Cloud Chamber(雲の部屋)」と呼びますが,日本語では「霧箱」と言うのが一般的です。雲は霧粒でできているので雲=霧としたのかもしれません。
 空気の分子(酸素分子や窒素分子)に静電気を帯びさせる原因が「放射線」です。
 アルファ線やベータ線の粒は1億分の1cmの原子のさらに10万分の1以下のとても小さな粒です。その小さな粒は電気を帯びていて,光に近い速さで放射性原子の原子核から飛び出して飛んで行きます。そして放射線の飛んだ道筋の空気には静電気の道ができます。その静電気が霧粒を集めて飛跡になるのです。

霧箱の構造

 このサイトで使っている霧箱は中にアルコールを入れて密閉し,底面にたまったアルコールをドライアイスで冷やしています。
 霧箱の側面の黒い画用紙にしみこませたり(これは必須です),上の面にアルコールをしみこむものを置く(これは黒画用紙にしみこませれば無くてもかまわない)と,霧箱の中がアルコールの蒸発した気体でいっぱいになります。
 霧箱の底はアルコールの液体があり,温度はだいたい-50℃ぐらいになっています。一方上の面は室温と同じになり,またLED照明の発熱で温度が高くなっています。
 霧箱の中は下が冷たく上が熱いので,上昇気流が起こらず空気の流れはできません。アルコールの蒸気は上から下へ広がっていきます。これを気体の拡散といい,このタイプの霧箱を「拡散式霧箱」といいます。
 空気は温度によってその中に含むことのできる「気化した気体分子(蒸気)」の濃度が決まっています。空気の温度が低いほど,中に含むことのできる蒸気の量は減ります。「空気が含むことのできる蒸気がめいっぱいな状態」を「飽和状態」といい,湿度100%の状態です。それ以下の温度になると,空気から気体分子の蒸気(気体)が液体となって出てきます。このときの温度を凝結温度といいます。凝結温度以下では蒸気(気体)が液体の霧粒となって雲として見えるようになります。
 霧箱の中は下へ行くほど温度が低いので,どこかでアルコールが気体から液体になる凝結温度を通過します。しかし,アルコールはすぐには液体になりません。気体が液体になるには「分子を引き寄せる中心(核)」が必要です。通常は空気中のホコリがその中心になって気体の分子が集まり,目に見える大きさの液体の粒になります。空に雲ができるのも地上で熱せられた空気が上昇して温度が下がり,上空で湿度100%以上になり気体の水が液体になります。このときもホコリや海水から舞い上がった塩分などが雲粒を作る核になります。
 そのような核になるものが少ないと,温度が下がって蒸気が液体になる温度(凝結温度)に達しても,気体のままでいる状態が続きます。その状態を「過飽和」状態といいます。湿度100%以上になってしまっているわけです。この状態は不安定で,何かきっかけになるものがあればすぐに気体の分子が集まって液体の粒になります。
霧箱の原理 


 電気を持った粒が光速に近い速さで飛ぶと,電気力線(磁石の磁力線のようなもの)の前方が圧縮され電界(電気の力のある空間)が強まります。それは空気中の原子を通過するとき「電気の衝撃波」となって,原子の中の電子を揺さぶり,飛び出させてしまいます。そうなると空気の原子はプラスとマイナスの電気のバランスが崩れて,電気を帯びた原子になります。それがイオンです。
霧箱の原理2

 放射線が飛ぶと通り道に「空気のイオンの道」ができ,そこにアルコール分子が電気力で引き寄せられて集まり,放射線通過後約0.1秒で一気に液体の霧粒となって,飛行機雲のように見えるのです。
 放射線の粒は光に近い速さなので,0.1秒後に霧粒ができたときにはもう「飛んだ後」です。そこで放射線の作る霧粒の筋を「飛跡(ひせき)」放射線が飛んだ跡~と呼ぶわけです。
 放射線の粒は空気中を数㎝飛んで原子を10万個ほど貫くと速度が落ち,アルファ線はヘリウム原子に変身し、ベータ線はどこかの原子の一部になります。ガンマ線は通り道の原子にぶつかってエネルギーを与えながら弱まっていきます。

林式霧箱の特徴

京大方式
 これは京大方式の霧箱です。お菓子の缶などの大きな空き缶で作ると,大勢で見ることができます。また京大式はアルコールとドライアイスが少なくてすむという利点があります。しかし林式と大きく異なるのは「アルファ線源が必要」という点です。これは過飽和層が薄く感度が低いからだと思われます。
 そこで、最初の図と比べてみてください。 
 私がこのHPで採用している林煕崇(ひろたか)さんの発明した霧箱は,底にアルコールのプールを作ったことが特徴で,これによって「過飽和層」が通常の霧箱よりもずっと厚くなり,高感度の霧箱になります。そのため、林式霧箱では上から差し込んでくる宇宙線も「縦の飛跡」として見ることができます。
 林式の欠点は「たくさんのアルコールが必要」という点です。しかしその高感度から「自然放射線が見える」ものになっています。線源など無くても「今そこにある放射線」を見ることができるのは林式霧箱のもっともすぐれた特徴です。ぜひ林式霧箱で,あなたも自分のまわりの放射線を見てみませんか。きっとさまざまな放射線が飛び回る様子が見えるでしょう。

参考文献(Amazonのリンクです。)

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