早岐瀬戸と針尾送信所

Tag: 長崎 佐世保市 観潮橋 早岐瀬戸 針尾島 針尾送信所 カバの旅

2022年5月以来2度目の早岐瀬戸です。
観潮橋は相変わらずすごい潮の流れで、月の力をダイナミックに感じます。
満月の大潮で海水があふれています。
なお、向こう岸が針尾島。こちらが九州本土。
観潮橋

観潮橋

引き潮の時は波乗りができます。
観潮橋

観潮橋



動画にまとめてみました。



さて、観潮橋を渡って針尾島(はりおじま)にも観光地があります。
観潮橋と反対側の海峡には西海橋(さいかいばし)が架かっています。
ここも流れが激しく渦潮が見られます。向こう岸は九州本土です。
西海橋

橋の下の料理屋でお昼です。
西海橋

もうひとつの新西海橋の下には歩道があります。
新西海橋

橋の下の歩道を行きます。手前が針尾島で奥が九州側です。
新西海橋

新西海橋

ここからは海水が渦巻くのが見えます。このときは大村湾から海水が流れ出し、佐世保方向に向かう引き潮の流れです。この写真では橋の向こうの奥が大村湾です。
大村湾は観潮橋の狭い海峡と、こちら側の西海橋の海峡の2つしか外海(佐世保湾)とつながっていません。このため潮の満ち引きで激しい流れが発生する、海の難所となっています。
新西海橋

新西海橋の遊歩道からは針尾送信所(はりおそうしんじょ)のコンクリートタワーが見えます。電波塔の高さは1号塔、2号塔が135メートル、3号塔が137メートル。3本の配置は約300メートル間隔の正三角形です。この3つの塔の間にアンテナ線を張る設計だったのでしょう。
この写真をよく見ると、3本のタワーの中央に小さな送信アンテナが立っています。これは現在の海上保安庁の送信アンテナです。現在も海上船舶と通信する送信所として使われているんですね~。
針尾送信所

100年前の1922年完成。大正時代に建てられた旧日本海軍軍の送信所です。現在はコンクリートタワーのみで、アンテナ線は残っていません。かつては、ここから真珠湾攻撃開始の暗号「ニイタカヤマノボレ一二〇八」が中継されたと言われてましたが、近年では裏付ける証拠は何もないということで否定されています。
針尾送信所

巨大ですね~。ここから太平洋や中国大陸の軍隊に電波を送るには、長い波長と強い電波が必要だったでしょうね。タワーの基部の直径は約12メートル、コンクリートの厚さは76センチメートルだそうです。
針尾送信所

タワーの中は中空で入ることができます。
針尾送信所

送信所の建物の中。廃墟ですね~~。
針尾送信所

さて、実際にここから何が送信されたのかは記録がなく分かりませんが、もしも「ニイタカヤマノボレ1208」を日本語モールス符号で打つとこんなふうになるという音を作ってみました。当時の雰囲気だけでも味わってください。



さて、夜は早岐駅近くの日本料理屋(はな)りんで。
針尾送信所

針尾送信所

針尾送信所

ごちそうでお腹いっぱい。

翌日の帰り。新幹線待ちの博多駅で牡蠣づくし。
博多

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